年子男児のワンオペ育児でボロボロ!子育て中、孤独で疲れた私のリフレッシュ方法とは?【体験談】

埼玉に住んでいる50代主婦です^^

年子の男子二人の育児でボロボロになった経験と、その時のリフレッシュ方法をお伝えしますね。

もう20年近く前のことになりますが、今育児に悩まれているお母さん方の勇気になれたら幸いです。


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年子男児の出産育児期、ワンオペだった私はほぼスタンドアローンでした

スタンドアローンとは、1人で孤独を感じる状態の事ですね^^

 

私は、現在大学生の息子が二人います。二人の誕生日はたった550日違い!

思いがけず年子で授かり、怒涛の日々に突入したそのころ、誰も頼れない遠方に転勤となり、さらに夫が激務となって週末も殆ど家にいられないという悪夢のような日々が始まったのです。

 

さらに今より状況が悪いのは、インターネットが一般的に普及し始めたばかりだったということ。

友達もおらず、知人と呼べるのは周囲の社宅の奥さま方くらいなもので、下手な愚痴も言えず、子供を連れて外に出ようにもよちよち歩き二人ではままならないことだらけ。実に二年もの間、私は美容院にもろくに行けない日々を送っていたのです。

「あの頃、ネットやスマホがあったら、あんなに孤独ではなかっただろうに・・・」

と思うほどのスタンドアローンな戦いの日々でした。


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『母親だから』っていうなら『父親』の貴様はどうなんだ?

「そのころはまだ若かったなぁ・・・」と今振り返ってしみじみしてしまいます。

夫は「家族のために仕事をしてお金を稼いでいる」という意識が強く

それゆえに、そんな激務の状態に私がついて行けずに愚痴っていること自体が理解できないようでした。

 

実際彼の仕事はとても大変で、重責もあり、恐らくいっぱいいっぱいであったのだろうと今なら理解もできますが。

二人のちびっ子を抱えて睡眠不足と、自分の楽しみ(映画や読書、ちょっとしたショッピング)も全部棚に上げて毎日奔走していた自分のことを訴えても、それは『母親だから』とばっさり言われてしまったら、ぐうの音も出ませんでした。

それこそ、今ならインターネットで通販も映画などの配信もどんどん活用できますが、当時は映画ならレンタルビデオ店まで行って借りて、期限までに返却までしなければならないということを考えたらそれすら無理だったのです。

しかし、実家にも頼れず、そこで腹を括って生きていくしかないのだと悟ったのは、上の子が2歳になった頃でした。

ちょうど、ウルトラマンや仮面ライダーのシリーズが一新して、子供が興味を持ち始めたのです。

そこから、ちょっとずつ私と子供の世界が変わったのです。残念なことに夫抜きでしたが(笑)。


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子供と一緒に楽しんじゃおう!

ちびっ子の目にも、ウルトラマンはカッコよく見えたようで、毎週の放送だけでなく、録画したものを毎日「見せて!」とせがむようになりました。

丁度そのころに、隣の市にウルトラマンに特化したプレイスペースとショップが出店したのです。

 

ですが、当時、車は夫が仕事で使っていて、自分にあるのはママチャリだけ。

そのショッピングモールまでは自転車で片道50分。しかし迷いはありませんでした。

月に二回くらいのペースで、ママチャリの前に長男を乗せて、次男を背中におんぶして、何度通ったか覚えていないくらい遊びに行きました。

 

当時、それほど経済的に豊かというわけではなかったので、できることは限られていましたが、毎回、息子たちに何か一つずつ小さなグッズやお菓子を買ったり、プレイスペースで遊んだり、時にはヒーローショーを見て握手してもらったり。

そんなときの、テレビの中のヒーローを見ている時の数倍の目の輝きと笑顔は今でも忘れられないほどの、私の喜びでした。

不満ばかりを数えても、どうしようもなかった、そんな時期に力を与えてくれたのはウルトラマン、そして息子たちでした。

そしてやってきた幼稚園の入園準備という季節。絵本バッグやお弁当箱、上履き入れといった品物を揃える時に、当然のように息子たちがリクエストしたのは『ウルトラマン』でした。


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子供の成長とともにできること、してやれること

当時、ウルトラマンのグッズのさまざまな既製品はありましたが、種類が少ないために幼稚園できっとバッティングしてしまうだろうなという心配もあり、また、何よりも高価だったので、すべて手作りするプランを立てました。

幼稚園グッズの作り方の本を買ってきて、そのデザインを参考にしたり、ウルトラマン柄の布を探して奔走し、準備万端整ったら、それを見ていた息子たちが少しずつ変わりました。

針やハサミなど、危ないものが多かったので夜遅くに作業することが多かったのですが、3歳と2歳の彼らはそれに対して手を出したり悪戯したり、ということが一切なくなったのです。一緒に布を選んだり、二人お揃いにしようと相談したり、彼らを対等に巻き込んでプランを考えたのが良かったのかもしれません。

本人たちは全く覚えていませんでしたが、我慢して聞き分けられるようになった、というのは大きな成長でした。

 

翌年同じことをするのなら、お揃いにしてやろうと、次男の分も一緒に作ったのが良かったのかもしれません。

約一か月、ぼちぼちと作りためていったその道具は、小学校に上がって「スポーツブランドのが欲しい…」と言い出すまでの間大切に使ってくれました。今でも全て残してあって、時折引っ張り出して眺めてしまう私の宝物です。

睡眠不足だったり、指先が傷だらけになったりという作業でしたが、あの頃、煮詰まっていた鬱屈をエネルギーに変換してつぎ込んだ、そんな壮大なリフレッシュであったように思います。


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明けない夜はないよ、と今頑張っているお母さんたちに言いたい

気が付いたら、息子たちは幼稚園に通うようになり、また違う土地に転勤して、新しい生活が始まりました

今度は最初に幼稚園というつながりがあったせいか、意外とスムーズにその土地になじむことができ、親子で楽しく過ごせるようになりました。

夫は相変わらず激務でしたが、幼稚園に上がってトイレも食事もお風呂も自分たちでできるようになり、「子育て」の一番大変な時期が通り過ぎていたせいか、息子たちとも純粋に遊べる時間がとれるようになって、男同士の関係性も変わってきたように思いました。

 

丁度そのころ、インターネットが自由に使えるような環境になり、そこから家に居ながらにして外の世界にも繋がれる、そんな時代に転換してきたのです。

 

それでも、思うようにならなかったり、しんどい、疲れてる、というお母さんたちは沢山いることでしょう。でも、それは永遠に続くわけではなく、子供の成長とともにきっと解決できるチャンスは巡ってくるよ、と言いたいのです。

しんどい時こそ楽しんじゃえ!あなたは一人じゃないよ、お子さんと一緒に過ごせるときを大切にしてね!と。

今の私なら、あの頃、もっとうまくやってやれただろうなぁ、ということがいっぱいある、

そんなおばちゃんから、若い世代のお母さんたちにエールを込めて伝えたい、そう思います。


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